「龍宮閣」跡地の不思議
小樽のはずれに眠る、オタモイ遊園地跡地
小樽に住んでいる私でさえ、初めて写真を見たときは目を疑った。
断崖絶壁に突き出すように建つ巨大な建物。
龍宮城のようで、夢のようで、現実とは思えない姿。
「こんな場所に、本当に建物があったの?」
そう思わずにはいられない。
だって今のオタモイは、ただ静かで、ただ美しくて、そして“何もない”場所だから。
行くのも一苦労で、道なき道を進むような心細さがある。
人もほとんどいなくて、途中で「本当に着くのかな」と不安になる。
でも、たどり着いた先には、海と空だけが広がる圧倒的な景色がある。
私はオタモイに住んでいたことがあるから知っている。
ここは、ただの廃墟跡ではない。
小樽の人たちの記憶の中で、ずっと“謎”として残り続けている場所だ。
かつてここは、夢の巨大リゾートだった
オタモイ遊園地は昭和初期、個人が私財を投じてつくり上げた一大レジャーランドだった。
中心にあったのは、断崖絶壁に建てられた高級料亭「龍宮閣」。
龍宮閣は、京都・清水寺と同じ“懸け造り”の三層楼。
資材は馬そりや艀で運び、職人が命を落とすほどの難工事だったという。
遊園地には
- 800人収容の大演芸場
- 2000坪の児童遊園
- 大衆食堂「弁天」
- 白蛇弁天堂
- オタモイ地蔵尊
などが並び、夏には海水浴客も押し寄せ、
1日で数千人が訪れる人気スポットだった。
今の静けさからは想像もできないほどの賑わいだ。
なぜ“跡形もなく消えた”のか
オタモイ遊園地は、華やかさの裏で数々の悲運に見舞われた。
- 1939年:大雪で演芸場が倒壊
- 1940年:弁天閣が地滑りで海岸まで流される
- 戦争で行楽が自粛され、経営悪化
- 1952年:龍宮閣が火災で全焼 → 遊園地閉園
残った建物も危険のため解体され、
2006年には遊歩道が大規模崩落し立ち入り禁止に。
今では海上からしか跡地を見ることができない。
地元民の間で“ミステリー”として語られる理由
オタモイには昔から不思議な伝説が残っている。
- 女人禁制の奥地に迷い込んだ乙女の伝説
- 白蛇弁天堂
- 子宝を授ける地蔵尊
こうした物語が、オタモイの“神秘性”をさらに深めている。
でも、ここは“怖い場所”ではない。物語のある場所だ。
断崖絶壁の景観、海の青さ、静けさ、風の音。
そのすべてが、かつての賑わいと重なり合って、
どこか現実離れした雰囲気をつくり出している。
おわりにー信じられないほどのギャップが、
オタモイの物語
今のオタモイは、ただ静かで、ただ美しい。
でも、かつてここには数千人が訪れる夢のリゾートがあった。
その“信じられないほどのギャップ”こそが、
オタモイ遊園地跡地の魅力だと思う。
小樽のはずれにひっそりと残る、夢の跡。
海と空だけが知っている物語。
その静けさの中で、かつての賑わいを想像しながら歩く時間は、
小樽をもっと好きになるきっかけになる。